もうDIYでいいよ。

美術館の階段

 

9月のスケッチは、『美術館の階段』です。

懇意にしていただいている jacksbeans さんのサイト、『逆光の自転車屋』が、現在、新エントリ・シリーズ、

『美術館の階段』をスタートされていて(『フルーツ小説』シリーズと同時進行)、それに便乗しました(^_^;)

 

 

夢の中で階段を駆け上がるような非現実的な浮遊感と、古典様式の美術館のイメージが、

まず思い浮かんで、その舞台を、メトロポリタン美術館前の大階段にしてみました。

ここは連日、すごい数の人々が腰掛けるために集まってくるので、参考写真から全ての人を取り除いて、

人の気配のない大階段を描くのに、写真を何枚も使いました(^_^;)

jacksbeans さんの『美術館の階段』とネタがかぶると申し訳ないですが、『逆光の自転車屋』は切り口が

ユニークなので、この大階段が登場する予定があったとしても大丈夫かなと思っています。

 

 

さて、小説やアートを小気味よいテンポで簡潔に紹介する『逆光の自転車屋』は、現在544エントリを

数えます。その中からインテリア・雑貨・絵本・アートにしぼり、10エントリほどピックアップしてみました。

もちろん、小説の紹介記事こそが本体ではあるのですが、どの記事も面白いので、是非ご訪問ください。

(サムネイル画像は、すべて『逆光の自転車屋』注1)からお借りしています)

 

★デ・キリコ 街の神秘と憂愁  ①bicycles & arrrt / 逆光の自転車屋
キリコの有名絵画。この記事は、土星の輪⇒稲垣足穂⇒YouTubeレナウンCMの
順で見ると10倍楽しい。80年代の広告には確かにあった上質の芸術性にホロリ。

 

★ドゥシャン・カーライの「アリス」  ①bicycles & arrrt / 逆光の自転車屋
この絵本、Dusan Kallay 「Alenka v kraji divů a za zrcadlem」は、確かに欲しい。
ヤン・シュヴァンクマイエルとか、チェコ近辺は、何故こういう才能が生まれるのか。

 

☆金細工の魚  ④Mexico & arrrt / 逆光の自転車屋
ガルシア・マルケスの『百年の孤独』ファンじゃなくても、欲しくなる純金製の魚。
メキシコシティの市場で買ったお土産っていうのも、ポイント高い。

 

☆ルイス・バラガン  ④Mexico & arrrt / 逆光の自転車屋
赤系の壁の色使いの素晴らしさ。こんな赤なら、煩わしくなく住めそうだと思わせる
メキシコの現代建築を楽しむ。色のコーディネートのヒントにもなりそう。

 

★フリーダ・カーロ 自画像とドクター・ファリルの肖像(1951) 
①bicycles & arrrt / 逆光の自転車屋
車椅子のフリーダがbicycles シリーズ記事なのが素敵。この3年後、47歳で逝去。

 

☆フリーダ・カーロ Ⅱ (スイカ)  ④Mexico & arrrt / 逆光の自転車屋
前の自画像と、この絶筆の他、彼女の記事は充実しているので、是非見て欲しい。
⇒ 生家である『青い家』『夢』他、 マヌエルとローラによる写真 など

 

☆サヴォア邸のブドワール ③blue & arrrt / 逆光の自転車屋
前のルイス・バラガンが赤とすれば、このコルビュジェの内装は青が効いている。
サヴォア邸の外観に比べて内部はあまり知られていないので珍しい。

 

☆ジョージア・オキーフ ④Mexico & arrrt / 逆光の自転車屋
残されたパステル箱。ヨナデンもゴースト・ランチの彼女の写真集を大切にしている。
美しいカラー画像なのに、彼女のモノクロ写真と何処か似通う、静謐さが漂う。

 

☆ヘルマン・ヘッセ記念館  ⑥Stufen und Museum / 逆光の自転車屋
シリーズ『美術館の階段』の初記事は、ヘッセ晩年の詩、『階段』。ヘッセは青春の
作家のイメージがあるが、困難な老境を生きぬいた作家でもある。 注2) で全訳紹介↓

 

☆書斎の聖ジェローム  ②Library arrrt / 逆光の自転車屋
『逆光の自転車屋』と出合った最初の記事。この書斎のヘンテコさを、高らかに表明
した内容に大いに共感。拙ブログ記事も最近更新⇒ 『コンパクトな居住装置 1 』

 

 

 

  『セレンディピティ仮説』 (セレンディピティとは、ホントはどんな能力のか?)

  『アトムスーツと太陽の子』 (放射能の脅威と共に生活する時代が来てしまった)

  『柱頭を愛でる 1 』 (3つの建物の美しいオーナメントを紹介)

注1) ブログ名について

この『逆光の自転車屋』というユニークなブログ名の由来は、推測ですが、現代前衛短歌の巨人、
塚本邦雄(1920~2005)の短歌、『医師は安楽死を語れども逆光の自転車屋の宙吊りの自転車』
に関係すると思われます。今はもっぱら小説世界を語るブログ『逆光の自転車屋』ですが、
その内側に、日本短詩形文学の、これまた広い
情報の海が隠れているのかもしれません。

 

注2) ヘッセの詩『階段(Stufen)』について

この詩は、 ヘッセ晩年の大作『ガラス玉遊戯』(1931~1942)の主人公であるヨーゼフ・クネヒト
(西暦2200年頃の未来の人物)の遺稿詩集の一篇として発表されたものですが、詩の内容の
普遍性から、『ガラス玉遊戯』とは独立して人口に膾炙することの多い詩でもあります。

翻訳では、最近、日本ヘルマン・ヘッセ友の会・研究会の分かりやすい新訳も出ていますが、
『逆光の自転車屋』記事の詩訳である、ヘッセとも交流のあったドイツ文学者、高橋健二訳が、
断然、格調が高いと思います。しかも、友の会・研究会訳は、『階段』ではなく『段階』となっていて、
この記事で、本家の記念館の『階段』に、それこそ一段一段、詩句が掲げられているのを知って、
これはやはり、メタファーとしての『階段』であるべき、と思いを強くしました。

以下に全訳を記載します。記事内で、『こんな詩を読んでしまったからには、のほほんとした観光
気分などすっ飛んでしまうかもしれない。』
と記されていた、人の生き方の覚悟に迫る迫真性を、
一読されるとお感じになれると思います。

 

 

階段

ヘルマン・ヘッセ
高橋健二訳

花がみなしぼむように、
青春が老いに屈するように、
一生の各段階も知恵も徳もみな、その時々に
花を開くのであって、永続は許されない。
生の呼び声を聞くごとに、心は、
勇敢に、悲しまずに、
新しい別な束縛にはいるように、
別れと再会の覚悟をしなければならない。
凡そ事の初めには不思議な力が宿っている。
それがわれわれを守り、生きるよすがとなる。

われわれは空間を次々と朗らかに渉破せねばならない。
どの場所にも、故郷に対するような執着を持ってはならない。
宇宙の精神はわれわれをとらえようとも狭めようともせず、
われわれを一段々々と高め広めようとする。
ある生活圏に根をおろし、
居心地よく住みついてしまうと、弾力を失いやすい。
発足と旅の覚悟のできているものだけが、
習慣のまひ作用から脱却するだろう。
臨終の時も、なおわれわれを新たな空間へ向け
若々しく送ることがあるかも知れない。
われわれに呼びかける生の呼び声は、決して終わることはないだろう。
では、よし、心よ、別れを告げ、すこやかになれ!

 

Stufen

Wie jede Blüte welkt und jede Jugend
Dem Alter weicht, blüht jede Lebensstufe,
Blüht jede Weisheit auch und jede Tugend
Zu ihrer Zeit und darf nicht ewig dauern.
Es muß das Herz bei jedem Lebensrufe
Bereit zum Abschied sein und Neubeginne,
Um sich in Tapferkeit und ohne Trauern
In andre, neue Bindungen zu geben.
Und jedem Anfang wohnt ein Zauber inne,
Der uns beschützt und der uns hilft, zu leben.

Wir sollen heiter Raum um Raum durchschreiten,
An keinem wie an einer Heimat hängen,
Der Weltgeist will nicht fesseln uns und engen,
Er will uns Stuf’ um Stufe heben, weiten.
Kaum sind wir heimisch einem Lebenskreise
Und traulich eingewohnt, so droht Erschlaffen,
Nur wer bereit zu Aufbruch ist und Reise,
Mag lähmender Gewöhnung sich entraffen.

Es wird vielleicht auch noch die Todesstunde
Uns neuen Räumen jung entgegen senden,
Des Lebens Ruf an uns wird niemals enden…
Wohlan denn, Herz, nimm Abschied und gesunde!