もうDIYでいいよ。

来ないバスを父と待てば

 

 

『千円、貸してくれませんか?

バスと電車で、家に帰ります。

このままだと、大変なことになるんです。』

 

数年前、まだ存命だったヨナデン父は、

見舞いに行ったヨナデンに、突然、こう訴えました。

 

リハビリテーション病院に入院している父は、

脳梗塞の影響で認知症が少しずつ進んでいて、

ヨナデンが誰だか判らないこともあったり、

病院のスタッフを自分の会社の社員だと思っていたり、

以前のように普通の会話をすることが難くなっていました。

 

ベッドから車椅子への自力での移動が無理になり、

日中は、車椅子に乗ったまま。

しかも、唐突に立ち上がろうとするので、

転倒防止のため、自動車の座席シートのように

ベルトで固定されていたので、窮屈そうでした。

 

体力を回復するため、リハビリを頑張ってほしいのですが、

リハビリの練習は少しも興味が無く、

同じことを何度もさせられると、怒って声を荒げるので、

理学療法士の先生を困らせていました。

 

 それでも父は家に帰りたかったのです。

 

 

冒頭の父の訴えに、具体的にどう返事をしたか、覚えていません。

『リハビリを頑張って、少しでも動けるようになってから家に帰ろうね』的なことを言いいながら

父の大好きなアンパンのお土産で、ごまかしたような気がします。

 

ただ、その時に、はっきり覚えていることがあります。

千円札を握りしめて、父はどうやって実家まで帰るつもりなのか、想像したのです。

父が行き先を指示し、ヨナデンが車椅子を押す、病院から実家への想像の旅。

決して家にはたどり着けず、見知らぬ場所で2人で迷子になる姿を、突然イメージして

ありえない、それでいてリアリティのある恐怖を感じたことを、今でも覚えています。

 

 

そんなことを思い出したのは、 下記のようなブログ記事を読んだからでした。

左画像は、ドイツ・デュッセルドルフの

ベンラート(Benrath)シニアセンター

(Seniorenzentrum )前』という表示

のバス停です。この老人介護施設の

バス停は一見ごく普通のモノですが、

一つだけ大きな特徴があります。

このバス停に、バスは来ません。

 

 

この施設では、突然行方不明になる入居者の対策に頭を痛めていました。

アルツハイマー患者の入居者は、ふいに『家に帰らなきゃ』と思い込んで、施設を出てしまうの

ですが、行く先の家族の名前も、元の施設の住所も忘れていて、警察の保護により強制的に

戻されるのが常でした。施設のスタッフは、この経験を繰り返すうち、徘徊する入居者が公共

交通機関を使うことに着目し、この『バスが来ないバス停』を、思いついたそうです。

アルツハイマー患者は昔の記憶はよく覚えていることから、ドイツではなじみのある緑と黄色の

バスサインを見ると、そこで待つと家に帰れると思うのだそうで、このバス停を設置したことにより、

ふいにいなくなった老人がそこでバスを待っているようになったのです。

そこへスタッフがやってきて、「バスはあとから来るので、中に入ってコーヒーでも飲んで待って

いましょう」と諭してホームに戻します。短期記憶が弱っている入居者は、5分も経つと出かけようと

していたことも忘れてしまうのだそうです。

 『アルツハイマー患者用のバス停』:モジログojix.org

 『Wayward Alzheimer’s  patients foiled by fake bus stop』:Nothing To Do With Arbroath

『ふらふらといなくなってしまうアルツハイマー患者を簡単に連れ戻すアイデア』:らばQ

 

 

この記事には、『騙すのは良くない』とか、『強制や施錠ではなく本人の意思を尊重している』とか、様々な

意見が寄せられていましたが、ヨナデンが感じたのは、帰る家自体がもう無くなっているかもしれないし、

道順もわからないのに、どうしても『家に帰りたい』という、切なくも、強烈で、恐ろしい願いでした。

それは、バスが来ないバス停で待つ老人の姿と重なり、さらに、あのときの父の記憶とつながっていきます。

 

 

あのとき、

『このままだと、大変なことになるんです。』

と、あなたが言ったのは、

もうすぐ自分の人格から『家に帰る』という意味さえ失われてしまうという意味だったのでしょうか?

だから、今のうちにバスと電車で、早く家に帰りたかったのでしょうか?

結局、あなたの息子は、あなたが家に帰ることを良しとせず、

実家での障害者の母の生活の維持を優先させました。

それから、あなたは病院で亡くなるまで、一度も家に帰ることはありませんでした。

いつか、あなたの息子は、あなたと同様、病院で死ぬことになるでしょう。

そのとき、きっと『家に帰りたい』と言って泣くでしょう。

実家と違って、こんな東京の片隅の自宅でも、帰りたい家にかわりはありません。

しかし、傍らに立って、帰れないことを一緒に嘆いてくれる人はいないでしょう。

そのことは、覚悟しています。

その覚悟に免じて、

どうか、あのとき、あなたを家に帰さなかったことを

許してください。

 

 

 

  『ロクシタン・ヴァーベナ』 (オードトワレ『ヴァーベナ』とロクシタンの名前の由来について)

  『セレンディピティ仮説』 (セレンディピティとは、ホントはどんな能力のか?)

  『アトムスーツと太陽の子』 (放射能の脅威と共に生活する時代が来てしまった)

  『時空のおっさん仮説』 (時空のおっさんとは、ホントは何者なのか?)