羽田空港名作イス 4
羽田空港で見かけるデザイナーズチェアを紹介するシリーズの4回目です。
ここで、たびたび登場するフードコート、『アッパーデッキTokyo』の位置を、あらためて説明しておきます。
羽田空港は現在、3つの大きな旅客ターミナルがあります(2014年8月現在)。元々あった第1ターミナル、
その後新設された第2ターミナル、そして最も新しい国際線ターミナルです。第1と第2が国内線ターミナルで
首都高湾岸線と4つの大駐車場を挟んで対峙しています。
『アッパーデッキTokyo』と、それに隣接する『ディスカバリーミュージアム』は、第2ターミナル(航空会社で
言うと、ANA、エァドゥ側)にあり、2Fの出発ロビーを臨んでデッキ状に張り出した3F部分の南側に位置し、
4つの大駐車場のひとつ『P4』の連絡ブリッジの直ぐ近くにあります(2014年8月現在)。
前回記事でも話題にしましたが、この名作イスのコレクションが今後も存続するかどうかは予断を許しません。
ご興味がある方で、羽田に行かれる機会があれば、早めにご覧になるのも良いかもしれません。
Thinking Man’s Chair(シンキング・マンズ・チェア)
Jasper Morrison/第2・3F/UpperDeckTokyo
イギリスのインダストリアル・デザイナー、ジャスパー・モリソン(Jasper Morrison:1959~)が、イタリアの
家具ブランド、Cappellini (カッペリーニ) のためにデザインしたスチール製のデッキチェアです。
アームレストの先の丸いドリンクトレイが、全体のシャープなフォルムに、ユーモラスで可愛らしいアクセントを
付加しているのが特徴的なこのイスは、もともと日本で開催された椅子の展覧会用に作られたといわれて
います。現在、カッペリーニから販売されている Thinking Man’s Chair には、いくつかの色違いのタイプ
があり、このイスのプロトタイプのもうひとつの特徴である手書きの記号が無いタイプもあります。
上でも触れましたが、このイスのあちこちに、イスの寸法や曲線の内径を示す『INSIDE RADIUS 245 mm』
などの記号が手書きで描かれていて、ひとつのアート的な表情を演出しています(△1・2)。これは、ヨナデン
の想像にすぎませんが、イスの制作過程で、スチール溶接や曲げ加工の指示用に、本体に一時的に描いた
記号を、モリソンが面白いと思って、完成後に再現したのではないでしょうか。
ジャスパー・モリソン(△3)は、イギリスのミニマリズム・デザインを代表するデザイナーで、彼のイスとしては
ボードに留めるピンのツマミ部分を巨大にしたようなコルクのスツール(△4)などが知られています。
Shaker Rocking Chair (シェイカー・ロッキング・チェア)
Shaker Furniture /第2・3F/UpperDeckTokyo
このイスは個人のデザイナーの作品ということではなく、アメリカで200年以上にわたって受け継がれてきた
シェイカー教徒の家具デザインの代表的なものと言うことができます。
現代の文明機器を拒みつつもアメリカで相当なコミュニティーを維持しているアーミッシュと異なり、シェイカー
は、その禁欲的な規律ゆえにコミュニティーとしての個体数を保てず、19世紀後半には衰退して、現在では
ほぼ消滅してしまったイギリスのクエーカー教を源とするキリスト教の一派です。
しかし、教団としては消滅したとはいえ、彼らが残した生活様式、とりわけ、装飾を排しながら機能と美しさが
一体となった家具や日常雑貨のデザインに惹かれるファン層は増え続けていて、現在、シェイカー家具を
復刻、製造する多くの業者が存在しています。
Bibendum (ビバンダム)
Eileen Gray/第2・3F/UpperDeckTokyo
コルビジェとも親交が深く、建築・家具デザインの分野で数多くの名作を生みだした女性デザイナー、アイリーン・
グレイ(Eileen Gray:1878~1976)の名作イス。
アイリーン(△4)はアイルランド生まれで、ロンドンとパリで絵画・デザインを学び、おもにフランスで活躍しました。
彼女が夏の別荘として設計し、所在地の南仏・コートダジュールのロクブリュンヌの番地から命名された『E1027
ハウス』は、コルビジェのサヴォア邸にも影響を与えたといわれる近代建築の名作ですが、この自邸の家具として
デザインされたのが、有名な『サイドテーブル:E1027』(△3)と、この『ビバンダム』でした。
もともとのプロトタイプは、白のレザー・ソファだったようで(△2)、そのモコモコした姿が、当時すでにフランスの
タイヤメーカー、ミシュランのキャラクターとして定着していた『ビバンダム君』(△1)と似ていたため、アイリーンが
面白がって名付けたといわれています。
Eames Walnut Stool (イームズ・ウォールナット・スツール)
Charles and Ray Eames/第2・3F/UpperDeckTokyo
最高級の銘木で作られたチェスの駒のような、または仏具のようにも見える味わいのあるスツールです。
ウォールナット(くるみ材)を集積した塊を旋盤で切削して、彫刻作品のように仕上げられているため、
高さ38cm程度のコンパクトな形状ながらズッシリ重く、安定感があります。
この作業工程のためか、正規メーカーのハーマンミラー社製で13万円程度、中国製のリプロダクト
でも、6万円程度はする、スツールとしては結構な値段のイスとなっています(2014年8月現在)。
ニューヨークのロックフェラーセンターのビル群の中でも威容を誇ったタイムライフビルが、1959年に竣工
した(△1)当時、タイムライフ社は、社屋用の重要なイスのデザインをイームズ夫妻(△4)に依頼しました。
そして、チャールズは有名な『ライフ・エクゼクティブ・チェア』(△2)を、レイは、よりアート的な傾向の強い
このスツールを作りだしました。実際、このイスは座るという役割以上にオフィス・インテリアのオブジェ的な
役目を果たし、場面によりサイドテーブルになったり観葉植物の台になったりしました。
スツールのデザインは、△3を含めて全部で3種類。同じようでいて、それぞれ個性的な表情をしています。
Maia Egg Swing(マイア・エッグ・スイング)
Patricia Urquiola/第2・3F/UpperDeckTokyo
スペイン生まれで主にイタリアで活躍している女性インダストリアルデザイナー、パトリシア・ウルキオラ
(Patricia Urquiola)が、スペイン・バルセロナに本社のあるガーデンファーニチャー・ブランド、ケタル社
(Kettal)のためにデザインしたハンギング・チェアです。
アルミニウムフレームに、格子状にプロテックス・ファイバーを編みこんで、軽量かつ頑丈に作られています。
フードコートの中では唯一、飲食には適さないイスで、実際、ここに座って食べている人を見たことはないの
ですが、このイスがあるというだけで、このあたりにリゾートの雰囲気が漂って、周囲を和ませています。
パトリシア・ウルキオラは、マドリッド工科大学を卒業後、ミラノ工芸大学に学び、2001年にはミラノで自身
のデザイン事務所を設立、現在はミラノを拠点に活動しています。
以上、最後まで読んでくださってありがとうございました。
※名作イスのリプロダクト品は、市販価格に大きな差があります。記事中の価格はあくまで参考です。
価格差については、『ネット買いバウハウス 2』 を参照のこと。
※イス・タイトルの『第2・3F/UpperDeckTokyo』は、羽田空港・国内線・第2ターミナル(ANA側)・3階
のフードコート、 UPPER DECK TOKYO(アッパー・デッキ・トーキョー)を示します。
『羽田空港名作イス 1』 (羽田空港で見かけるデザイナーズチェアを詳しく紹介1回目)
『羽田空港名作イス 2』 (羽田空港で見かけるデザイナーズチェアを詳しく紹介2回目)
『羽田空港名作イス 3』 (羽田空港で見かけるデザイナーズチェアを詳しく紹介3回目)
『このイス、どこに置く?1』 (第1話【ハイバックチェア『ヒルハウス』のオリジナル位置】)
『このイス、どこに置く?2』 ( 第2話 【邸宅ヒルハウスの寝室の双子のイス物語】)
『このイス、どこに置く?3』 (第3話 【『レッド・アンド・ブルー』と『ヒルハウス』を比べる】)
『このイス、どこに置く?4』 (第4話 【『ヒルハウス』の美しさのヒミツを構造から読み解く】 )
『聖ヒエロニムス謎の書斎』 (名画『書斎の聖ヒエロニムス』の謎の書斎に迫る)
『雲形文様がなんか好き』 (雲形文様にまつわる話いろいろ)
『掌(てのひら)の指輪』 (手のモチーフにまつわる話いろいろ)