羽田空港名作イス 2
羽田空港で見かけるデザイナーズチェアを紹介するシリーズの2回目です。
前回記事で、『イスがまだ置いてあるうちに、座ってみてください』 という、気になる言い方をしましたが、
そのワケは、このイス達が、今すぐではないとしても、近い将来には、消えてしまう気がするからです。
今回紹介している主なイスがある第2ターミナルビルの南側部分の増築は、2010年に行われました。
増築当初は、自由に座れる名作イスのある場所ということで脚光を浴びましたが、最近は話題にならず、
イスの傷みも目立ち始めました。
ターミナル広報のお話では、イス達の履歴が載ったパンフレットは既に在庫は無く、今後再版の予定も
ないとのことでした。おそらく、どのイスが現役で、どのイスが傷みの為にリタイアしたかという、名作イス
のアーカイヴとしての管理はしていない状態ではないでしょうか。単なる商業施設という扱いなら、
次の第2ターミナルのリニューアルで、このイスのコレクションが一掃されてしまう可能性もあります。
ヨナデンが、シリーズ記事を残そうとしたキッカケのひとつがそれでした。
Nelson Marshmallow Sofa(ネルソン・マシュマロ・ソファ)
George Nelson/第2・3F/UpperDeckTokyo
直径25cmの『マシュマロ』クッションが、坐面に9個、背面に9個、計18個、整然と並んでいます。
その外観から、座り心地は普通のスツールの丸クッション程度しか期待しないのですが、実際座ってみると
複数のマシュマロクッションに体重が分散されて、案外、快適な座り心地であることに気づきます。
このマシュマロ・ソファの正規メーカーは、アメリカのハーマンミラー社で、ハーマンミラーといえば、ヨナデン
も愛用しているアーロンチェアなどを生産している世界的な家具メーカーです。
マシュマロ・ソファのデザイナーであるジョージ・ネルソン(George Nelson:1907~1986)とハーマンミラー
との関係は深く、というか、ジョージ・ネルソンは、20年間もハーマンミラー社のデザイン部長兼デザイナーで
あり、無名だったチャールズとレイのイームズ夫妻を見出すなど、ハーマンミラーを世界的なメーカーへと躍進
させるのに大きな功績を残したのが、他ならぬジョージ・ネルソンでした。
マシュマロ・ソファは、1956年にハーマンミラーから売り出されていますが、その時はあまり売れませんでした。
その理由は、様々に言われていて、クッションの張地を必要としない素材を使うハズが、18個のクッション全て
張地をする手間がかかったとか、その18ヶ所の溶接が大変だったとか、とにかく、ポップでローコストな感じの
外観からは想像できない複雑な製造工程のため、高価な家具になってしまったことが原因とされています。
12人掛けソファ
Cassina ixc./第2・2F/出発ロビー
3Fのテラスから下の出発ロビー(南側)を見下ろすと、上のような巨大な正方形のソファが、6台、ズラッと
並んでいるのが壮観です。一辺に3人が余裕をもって座れる、計12人掛けの特注品だそうで、製作は日本
のカッシーナ・イクスシー(Cassina ixc.:イタリア・カッシーナ社の日本法人と間違えそうだが、実は、日本
の企業。1980年にカッシーナ社と独占代理店契約を結び、(株)インターデコールとして出発。輸入家具
販売の他、カッシーナ社よりライセンス生産を認められた高い技術力による独自ブランド家具も展開中)が、
担当しました。
このソファは中央の2段のクッション部分に特徴があって、背もたれに足らない低さですが、これによって
ソファ自体に、地形学的な、ある種の身体的親和性を生み出すことに成功しています。
このクッションが、背もたれに足るほどの高さだと幼児が登ると危険ですし、大人がちょと仰向きに横になる
ということも、できません。なにげに体を休めたくなる、親和性を考慮したクッションの高さといえます。
実際、寝そべったり、子供をクッションに乗せたりしている人も見られ、出発までのひと時をゆっくり過ごせる
ソファとして人気があります。
Vegetal (ベジタル)
Ronan & Erwan Bouroullec/第2・3F/UpperDeckTokyo
『植物性の(vegital)』という名前を持つこのイスをデザインしたのは、ロナン(Rnan:兄:1971~)とエルワン
(Erwan:弟:1976~)のフランスの兄弟デザイナー、ブルレック(Bouroullec)兄弟です。
ブルレック兄弟は、フランス、ブルターニュ地方のカンペール出身。彼らの作品はポンピドゥー・センターや
MoMAパーマネント・コレクションにも選定されています(△3)。vegital は、ポリアミド素材の射出成形により
作られ、様々なカラーバリエーションがありますが、やはりテーマ的にグリーンが代表的です(△1)。射出形成
の流路が、そのまま有機的な葉脈のモチーフに合致している点に合目的性を感じます(△2)。
ブルレック兄弟の植物モチーフの家具デザインでは、『アルギュ(Algue:フランス語で、海藻の意味)』という
名前の、自由に連結できるモジュールを組み合わせて部屋の間仕切りや壁面の装飾として使用する新発想の
インテリア・アイテムが有名です(△4)。
Ant Chair (アントチェア)
Arne Jacobsen/第2・3F/UpperDeckTokyo
デンマークのデザイナー、アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen:1902~1971)がデザインしたこのイスは、
同じく彼のデザインしたスワンチェア・エッグチェア・セブンチェアなどとともに、モダン・デザイナーズチェア
の古典ともいえる存在になっています。
上の画像で背面と座面が微妙な曲面になっているのがわかると思いますが、一枚の積層合板(正規メーカー
の フリッツ・ハンセン社の場合は9枚のレイヤーが積層されている)を、このように3次元曲面に成形する技術
がこのイスには必要になります。
1952年にデンマークの家具メーカー、 フリッツ・ハンセン社から発表された当初は、アントチェアは前脚が
1本だけの3本脚のイスでした。それはそれで完成されたシルエットでしたが、人が座って足を組んだり体重
を傾けたりすると安定感に若干欠ける点あり、4本脚のアントチェアが1980年にお目見えします。
現在は3本脚のオリジナル復刻版と、4本脚のアントチェアが両方販売されています。
Tudor Chair (チューダーチェア)
Jaime Hayon/第2・3F/UpperDeckTokyo
スペイン・マドリード生まれのアーティスト・デザイナー、ハイメ・アジョン( Jaime Hayon:1974~)が、
イギリスの家具ブランド、エスタブリッシュド・アンドサンズ( Established & Sons)のためにデザインした
家具シリーズ、『チューダーシリーズ』の中のイスです。元々は6脚あるイスのひとつで、ヘンリー8世の6人
の妻からインスピレーションを受けたとのこと。
ハイメ・アジョンは、時々自らパフォーマンスを行うオチャメなヒゲの漢ですが(△1)、2006年に、
スペインの代表的ポーセリン・ブランド、リヤドロのアート・アート・ディレクションを担当した(△2)
他、フランスのクリスタルガラス・ブランド、バカラとのコラボ(△3)、日本の石川県の九谷焼の窯元、
上出長右衛門窯とのコラボ(△4)など、世界的なアート・ブランドのコラボが話題になっています。
以上、最後まで読んでくださってありがとうございました。
※名作イスのリプロダクト品は、市販価格に大きな差があります。記事中の価格はあくまで参考で、いわゆる
『正規保障』については考慮していません。価格差については、『ネット買いバウハウス 2』 を参照のこと。
※イス・タイトルの『第2・3F/UpperDeckTokyo』は、羽田空港・国内線・第2ターミナル(ANA側)・3階
のフードコート、 UPPER DECK TOKYO(アッパー・デッキ・トーキョー)を示します。同じく『第2・2F/出発
ロビー』は、羽田空港・国内線・第2ターミナル(ANA側)・2階の出発ロビーを示します。
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『羽田空港名作イス 1』 (羽田空港で見かけるデザイナーズチェアを詳しく紹介1回目)
『羽田空港名作イス 3』 (羽田空港で見かけるデザイナーズチェアを詳しく紹介3回目)
『羽田空港名作イス 4』 (羽田空港で見かけるデザイナーズチェアを詳しく紹介4回目)
『このイス、どこに置く?1』 (第1話【ハイバックチェア『ヒルハウス』のオリジナル位置】)
『このイス、どこに置く?2』 ( 第2話 【邸宅ヒルハウスの寝室の双子のイス物語】)
『このイス、どこに置く?3』 (第3話 【『レッド・アンド・ブルー』と『ヒルハウス』を比べる】)
『このイス、どこに置く?4』 (第4話 【『ヒルハウス』の美しさのヒミツを構造から読み解く】 )
『聖ヒエロニムス謎の書斎』 (名画『書斎の聖ヒエロニムス』の謎の書斎に迫る)
『雲形文様がなんか好き』 (雲形文様にまつわる話いろいろ)
『掌(てのひら)の指輪』 (手のモチーフにまつわる話いろいろ)